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思わず笑っちゃう楽しいお芝居に
- 物語は明治5年ですね。
むつみ 新旧入り混じり、変化に富んだ複雑な時代です。
芳三郎 散切の人もいれば髷を結っている人もいる。明治の雑踏というかエネルギッシュな感じを出さなければいけないなと。面白い本に仕上げていただいたので、役者の責任が大きいと感じています。真面目さも必要ですが、肩の力を抜いた軽妙さが大事、カチカチになっていたら絶対だめだと思います。
むつみ この作品の芯には、「人間を置き去りにして国の論理で時代が作られていくこと」への、異議申し立てのようなものがあります。でも、それをひたすら深刻に訴えても、観ている方の心には響かないと思うんですよ。テンポよく話が進んでいく中で、笑ってご覧いただきながら、「あれー、こんな理不尽なことが起きていたのか」と、気づいていただけたらいいなと思います。
芳三郎 このテーマって重く芝居をしがちですけど、そういうのをちゃんと排除して演じていかないとだめですね。
むつみ この間の『唐茄子屋』も、かなり力を脱いた演技で、よかったですよ。
芳三郎 ありがとうございます。お芝居って演じる方に力が入ると、お客さんはのれないですものね。
むつみ 熱演とか熱唱をするとなんかいいような気になりますよね……
芳三郎 やった気になっちゃうんですよ。
むつみ 書くのも似たところがあります。力の入ったシーンばかりだと、全体が平板になってしまうので、シリアスな場面にフッと日常の一言を入れたりして空気を変えるようにしています。これを書いている時も、結構肩に力が入っていたんですよ。時代背景もきっちり入れて良いものにしよう、なんて意気込んで。でも、ところどころ笑いがないと、書いていても退屈してしまうんです(笑)。それで、ここらへんでちょっと笑いを……みたいに。
芳三郎 ちょっとしたところに、すごくいいセリフが入ってきて。「今日は喧嘩口論は大凶の日なのに」なんて、思わずぷっと笑っちゃいました。こんなの真面目に言ったらちっとも面白くない。芝居って最初の30分がすごく大事なんです。この序幕をわれわれ演技陣がむつみさんの狙われた通りの軽妙さで、きちんとお客さんに伝えられれば、第一ハードルは突破ですね。
むつみ 栄太郎はふっとでる言葉が暦に関係しています。「暦なんかさ、芝居の方が楽しいよ」なんて言っていますが、性根は代々続く江戸暦問屋の若旦那なんですよ。まずは序幕で、お客さんを明治の世界に連れて行けたらいいですね。
   
暦を治めることは世界を治めること
- ラジオドラマで『明治おばけ暦』を書かれたきっかけは……。
むつみ ものすごく遡ると、船戸与一さんの「砂のクロニクル」という小説を読んだことがきっかけでした。クルド民族の独立運動が背景になっているのですが、西暦の他にペルシャ暦やイスラム暦が書かれていました。暦を定めるということは、支配者が時間と空間を決めることだと、これで知ったんです。
- 全国カレンダー出版協同組合連合会の会長さんが、暦は大昔から権力者が政治をするための道具として利用してきたと……。
むつみ

日本では明治に旧暦から新暦に替えたわけですが、それが大変急な変更だったことと、切り替えを急いだ本当の理由を知った時はびっくりしました。こんな無茶をやったら、さぞ混乱が起きただろうなって。
確かに、旧暦のままでは西洋諸国とやっていけませんから、暦を替えなきゃいけないというのはわかります。でも、一般の生活の暦は一、二年かけてゆっくり替え、外交上必要なものだけを西暦にする方法だってあったと思うんですよ。でも、いきなりですからね。明治という新しい日本になったということを万民に知らしめるためには、暦を替える必要があったのでしょう。明治政府というのはかなり乱暴で、血なまぐささもはらんでいます。この時の急激な近代化が、やがて戦争の時代へとつながっていくんだと思いました。

 

歌舞伎を書きたかった
- その舞台化については……。
むつみ 芝居を観るのも好きでしたが、戯曲を読むのも好きだったんです。若い頃、図書館で「名作歌舞伎全集」全二十五巻を借りて読んだりしていて。いつか歌舞伎を書きたいと思っていました。ですから、今回前進座から舞台化のお話がきたときには、すごく嬉しかったです。
芳三郎 舞台の戯曲としては初の作品なんですね。すごく光栄なことです。ラジオドラマでは出てこなかった千代の役が増えていたり、上手に膨らませていただいて。面白いセリフがちょこちょこっと入るところに、むつみさんの作品のいいところが感じ取れます。こういうお芝居って心に余裕がなきゃだめでしょうね。
むつみ 暦の仕組みとか、社会背景、時代背景、政治のごたごた、そういうちょっと面倒くさい説明も入ってくるので、余計軽妙さをのせていっていただかないと、面白く観ていただけないですよね。時代自体がすごいスピードで動いていきますから、お芝居自体も躍動感がキーワードです。
芳三郎 文明開化ですもんね。どんどん変わっていく。
むつみ 今までの暮しなんか置き去りですから。拒もうがなんだろうがガンガン先に行く。それがいろんな悲劇も生むけれど、時代が変わる時には、そういう強引な突破力も必要なのかもしれません。
芳三郎 大きな変化には無茶が必要なんですね。
むつみ 大隈重信が改暦を断行したのにも、彼なりの筋の通った理屈があります。新しい国作りのプランもあるし、せっぱ詰まった台所事情もある。ただ、それで切り捨てられる人もいるわけで……。
芳三郎 明治に入ってすごい勢いで変わって、それについていけない人たちが憂き目にあう。
むつみ 士族がその代表ですよね。このお芝居でいうと千代さんのお父さん。うまく生きていく柔軟さに欠けていた。
芳三郎 不器用にしか生きられない。ウサギバブルにひっかかる。
むつみ

これがひどいんですよ。当時東京でウサギへの投機ブームが発生してウサギ一匹が何百万円もするなんて、過熱ぶりが尋常ではなかった。元大名のお殿様たちも兎の取引をやっていましたが、しっかり儲けてバブルがはじける前に手を引いています。一部の人だけが大儲けして、振り回された人たちが損をするのは、いつの時代も同じですね。
ウサギが投機の対象になるなんて妙な話ですが、ウサギを買うために娘を売ったり、ウサギを巡る親子喧嘩で息子がお父さんを殺してしまったり、当時は様々な事件が起きていたようです。暦のことを調べているうちにこの話を知って、人間っていつの時代も同じことを繰り返すものだと思いました。

 

新時代を生き抜くしたたかさ
- 栄太郎の人物像は……。
むつみ 栄太郎は柔軟性のある人ですね。
芳三郎 この大改暦で暦に日毎の吉凶を表示することはすべて禁止。そんな暦は庶民にとっては無用の長物なんですね。そこで吉凶入りの〝おばけ暦〟を出してしまう。これってすごく危険で見つかったらお縄なわけで、そういうしたたかさも別の面でもっているんでしょうね。
むつみ 軽佻浮薄なだけの男ではなくて、変化の時代を生きぬいていく代表選手みたいな人。面と向かってお上に抵抗していったって叶うわけがない。牢屋に入れられて終わりだったりします。そこをかいくぐって自分の意志を貫きつつ異議申し立てしている、それが栄太郎さん。
芳三郎 だって〝おばけ暦〟を出して儲けちゃうんですからね。 新聞茶屋のおかみさんもいいですね。お茶代を払って新聞は読み放題。
むつみ 今でいえば漫画喫茶です。静岡の士族の未亡人が、息子の学費を稼ぐために東京に出て来て始めたんですって。女の人の柔軟さはすごいですね。
芳三郎 明治のいろんな背景を背負いながらの芝居ですが、暗く沈まずに、はじけて演じていきたいですね。明治という激動の時代に勝つには躍動感をもってはじけていかなくちゃ。
むつみ 今につながる源流の時代ですし、お芝居の中で明治とは何だったのかっていうのが出てくればいいですね。
江戸から明治に変わっても、芝居を書き続けた黙阿弥さんはすごいです。生涯で360本ものお芝居を書いています。明治5年はまだいい頃で、この後演劇改良運動なんかでどんどんひどい目に逢っていって、役者の言いなりみたいに言われたり、狂言作者は無学だと馬鹿にされたりもしたそうですが、いまだに黙阿弥の芝居がこれだけ上演され続けているのですから。お客さんに親切、役者に親切、座元に親切の「三親切」で書かれた本は、百年たっても滅びない。
 - 前進座への思いを……。
むつみ 歌舞伎がやれて歌舞伎じゃない芝居もやれて、役者さん一人一人が基礎から訓練された技量を持っている。ほかにない得がたい劇団だと思っています。だからこそ、もっと若いお客様にも観ていただきたいです。新作の上演は冒険だと思いますが、いつも観てくださるお客様はもちろん、この機会に若い方達にもファン層が広がるといいなって。
芳三郎 今回はむつみさんのお力も借りてこの芝居をいいものにして、若いお客さんに振り向いてもらえるようにしたいんです。前進座って面白いじゃんって若い人に思わせたい、それが一番です。
  (『月刊前進座』2011年9月1日号より転載)
   

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