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2009年5月 国立劇場公演案内

前進座五月国立劇場大劇場公演

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劇場案内

 

 

江戸城総攻

幕末三舟 ばくまつさんしゅう山岡鉄太郎(嵐広也)

『江戸城総攻』の中で大いに活躍する勝麟太郎・西郷吉之助に比べ、山岡鉄太郎の人物像はあまり知られていないかもしれません。
郡代の父の赴任で飛騨高山で育った山岡鉄太郎、のちの鉄舟は、16歳で母を、17歳で父を亡くし江戸の異母兄の元へ身を寄せます。以後、その衣服などが常に破れがちであったため、同輩連中から「ボロ鉄」とあだ名されていました。19歳の時山岡静山の門に入って槍術を学びますが、静山は程なく早世。山岡家は親族が協議して後継ぎに相応しい人物を門人の中から物色、鉄舟が選ばれたのです。

生涯にわたって剣の道を歩み、維新という大事態に遭遇したにもかかわらず、ついに一度も人を切ることはなかったという山岡鉄舟。
しかし同輩や部下の浪士には凶刃に倒れた者、空しく犬死した者がどれほど多かったか…。そのような言葉なくして亡くなった者たちの霊を深く憐れみ、鉄舟は後年「全生庵」を建立しました。

ところで、江戸城無血開城にかかわった「舟」を号の中にもつ三人の幕臣、勝海舟(劇中では麟太郎)・山岡鉄舟(同鉄太郎)・高橋泥舟(同伊勢守)を「幕末三舟」といいます。

高橋泥舟は静山の実弟で、鉄舟が山岡家に入ったのも彼の意向があればこそ。駿府への使者に、自分の代わりに鉄舟を推したのも泥舟といわれています。


高橋泥舟をはじめ、勝海舟、西郷隆盛、清水次郎長、三遊亭圓朝…、剣・禅・書の達人として知られる山岡鉄舟の人生と響きあった人物たちの名が、その生涯の数奇さを物語っているようです。



江戸城をめぐる攻防

幕末というと、坂本竜馬や新撰組を題材にしたものが多く見受けられます。同じ時代を描く『江戸城総攻』も、時代を動かした男たちの物語。

真山青果が第一部の『江戸城総攻』を発表したのは大正15年、 第二部『慶喜命乞』が書かれたのは、4年後の昭和5年。そして第三部『将軍江戸を去る』は、第一部から実に8年後の昭和9年に発表されました。「個々の戯曲は一幕物として独立しながら、同時に又、三部の戯曲を合せてその時代のこの大事件の経過、雰囲気、葛藤等を明らかにしたいと考えた―」。第一部の初演時の青果の言葉です。

 

3月15日と期日の決まった江戸城総攻撃をめぐる数日間の攻防を、凝縮した人間ドラマとして描き上げたこの超大作。いかに徳川慶喜の助命を果たすか苦悩する勝麟太郎、静岡に乗り込み官軍の大将・西郷に「立場が逆だったらどうなのだ」と迫る山岡鉄太郎、江戸の大事も知らず鰯の値段で喧嘩する鰯売りと長屋の人々の姿に江戸攻めの中止を決意する西郷吉之助、そして、最後の将軍となり複雑な胸の内を吐露しながらも新しい日本の誕生のために敢然と江戸の地を後にする徳川慶喜…。
江戸城無血開城をめぐり激しくぶつかり合う心と心―。

歴史の大きな転換期を生きた男たちの熱いドラマにご期待下さい!

(撮影:加藤孝)

左の腕 無宿人別帳

清張生誕100年ロゴ  『左の腕』は、昭和36(1961)年初演の『無宿人別帳―いびき―』に続いて2作目の松本清張作品です。昭和37(1962)年の初演時、原作者の清張先生を囲んでの座談会で、脚色・演出の平田兼三がこう言っています。


「この作品では親子の人情と、悪いことをしたからといって、いつまでも日陰者になって萎縮して暮らすことはない、また、権力をかさにきて弱い者いじめをする人間への憎しみ、この三つを中心におきました」。
さらに清張先生曰く「いままでの世話物は人情でホロリとさせるだけだった。それだけでなしに、社会の矛盾を考えさせるとか、あるいは何か考えなければいけないなと思わせるような、もう一つ建設的な面が加われば、新しい世話物になるでしょうね。」
そんな想いを受けて創造された『左の腕―無宿人別帳―』。

飴売り卯助(中村梅之助)

今年舞台生活70年を迎える梅之助は、病に倒れた翫右衛門と代わった1982年以来【飴売り卯助】を持ち役としてきました。
平凡な幸せを願って生きることさえ困難に思える昨今、過去を乗り越え自らの手で生きる道を選び取る卯助の笑顔に、私たちは清々しい希望を見出すのです。

 

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