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毛抜・新門辰五郎 チラシ

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五月国立劇場+浅草宿泊プラン

※終了しました

 


 みどころ 

  毛抜
毛抜

   ◇歌舞伎十八番とは…

江戸時代、荒事芸を創始した市川家の七代目市川団十郎が、『鳴神』『勧進帳』など初世以来受け継がれてきた市川家の得意芸を18だけ選び出し「家の芸」として定めたもの。
このことから、世間一般にも自分の得意芸のことを「十八番(おはこ)」というようになりました。

   ◇主人公はどんな人?

粂寺弾正(くめでらだんじょう)は文屋豊秀の家臣。豊秀との婚約が決まったのに姫君の病気を理由にさっぱり話が進まない小野家へ、使者としてやってきました。

そして、御家転覆の企みや姫君の奇病の謎を解き明かしてしまうスーパーヒーロー。と思いきや、お役目の最中に初々しい若衆や美しい腰元にちょっかいを出して袖にされる始末…。そんなお茶目でユーモラスな弾正が主人公です。



理屈ぬきで楽しめる、大らかで喜劇味溢れる絢爛豪華な舞台です。


  新門辰五郎

      ◇各地で活躍!新門辰五郎                                                           

各地で活躍!新門辰五郎下谷掃除町の煙管職人の息子。
自家の出火、父の焼死をきっかけに江戸の町火消しとなり、浅草十番組「を組」の組頭に。

火事場に喧嘩は付き物、その仲裁や納め方のあざやかさで名をあげ、浅草寺別当伝法院新門の番人を任されたことから「新門辰五郎」と呼ばれるようになりました。

徳川最後の将軍・慶喜とも深い関わりがあり、京都二条城の防火・市中の警護をはじめ、大政奉還後慶喜が謹慎すると、上野寛永寺、水戸、清水とそれぞれの地に赴き彼の警護にあたったのです。

江戸にならい、静岡に消防団を設けたことは大きな功績。84歳で浅草で死去。

       ◇義侠!会津の小鉄                                                                

義侠!会津の小鉄 大阪生まれ。
22歳で江戸へ出て会津中間部屋に入り、会津藩主・松平容保が京都守護職として上洛した頃は、会津藩中間部屋頭の片腕となっていたそうです。

会津印の法被を着た賭場荒しの博奕打として畏れられ、また短躯であったため「会津の小鉄」の異名が…。鳥羽伏見の戦いの後、朝敵として放置されていた会津藩の戦死者の遺骸を、あらゆる迫害も恐れず、子分を動員して浄土宗黒谷派本山金戒光明寺に葬しました。

京都にて41歳で病没。
実子が二代目・会津の小鉄を名乗るも、彼の死後その名跡は途絶えています。

     ◇ 憂う勇五郎…                                                                        

憂う勇五郎…

絵馬屋の勇五郎は浅草十番組「を組」の隠居役。

辰五郎が匿っている一ツ橋慶喜ゆかりの水戸藩士は、開国派の将軍・家茂と攘夷派の慶喜との合戦の口火になるのでは…と、町火消しの辰五郎が政治の騒動に巻き込まれることを憂うのです。

「なぁ頭、火消しがしんから命をかけて働く場所は、火事場が一つだ。」

    

 

          


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