「銃口」は、妻三浦綾子の最後の小説である。
妻綾子は、その教え子の一人から、綴り方事件なるものを知らされた。彼は古書店を経営していて、歴史に強く、綾子によく参考資料についてアドバイスしてくれた。
一九四一年、治安維持法違反容疑のもとに、北海道の教師たち五十人が検挙された。これが「北海道綴方教育連盟事件」である。教師たちは共産主義者ではなかったが、当時の特高警察によって、その嫌疑をかけられ、投獄されたり、教壇を追われたりした。たとえ共産主義者であったとしても、何も検挙される筋合はない。が、当時は天皇を中心とした神国日本、そうした不当なことがまかり通っていた。
この事件を題材に綾子は小学館「本の窓」に、一九九〇年一月から一九九三年八月まで、三十七回に亘って書いた。途中難病パーキンソン病の発症をみながら、千百枚を越える長編を書き上げたのである。
ところで、前進座から改めてこの小説の舞台化の要望があったのは、昨年末であろうか。この求めに、私は直ちに承諾した。同劇団は既に綾子の作品「母」を上演している。しかもその舞台は三百回を越え、観客に多大な感動をもたらした。特に小林多喜二の母セキ役のいまむらいづみさんの演技はすばらしかった。
というわけで、一も二もなく「銃口」の舞台化を応諾したのだが、前述のとおりかなりの長篇で、どこをどう上演するか、これはむずかしいことと思う。が、脚本・演出は田島栄氏と十島英明氏。共に「母」を手がけた実績がある。
おそらく「母」に劣らぬ舞台となることであろう。その成功を、大いに期待し、楽しみつつ待ちたい。
(2002年 6月)
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