昨夜は21時にホテルへ着いた。格安ツアーならではの、強制お土産屋めぐりを終え、堪えていた空腹を満たすべく、黄さんおすすめの店、長順楼のジャージャー麺を食べに行った。が、すでに、寒さと緊張と疲れが重なり私はノックダウン。大変おいしかったのだが、そこそこに部屋へ帰り就寝したのだった。
そして迎えたロケハン二日目。天気晴朗、日本より一足早い紅葉がまぶしい。前日に引き続き絶好のロケハン日和となった。私の体調も早寝のおかげで完全に復活しており、海外へ来ている興奮がよみがえってきていた。
この日の黄さんのプランは韓国南部の町「咸陽(ハミャン)」を見学することだった。
というのも、この「木槿の咲く庭」という作品は太平洋戦争勃発の前年、1940年の韓国を舞台にしているからだ。当時の韓国は1910年の韓国併合以来、日本の統治下に置かれていた。そんな韓国の小さな村に住むアボジ(父)とオモニ(母)、二人の兄妹、そして叔父の五人の家族がこの物語の主人公たちだ。舞台化にあたり、韓国ならではの家の作り、文化は避けて通れない。黄さんは博物館よりも今も使われている旧家を見せたかったのだ。
咸陽まではソウルから3時間半かかる。7時半にホテルを出発して、8時半発の高速バスに乗り込む予定だったのだが、チケットがすでに完売! 結局、到着したのは14時頃になっていた。
出迎えて下さったのはガイドの林淑祚(リン)さんとハ先生。バスから降りてくる私たちにテンション高く話しかけてくれた。「食事は後で!」と言って早速車で案内してくれたのだった。
最初に向かったのは貴族の家。立派な門から中へ入る。門の横には部屋が続いている。下男部屋だという。下男部屋が門番も兼ねていたのだろう、効率的な作りだ。門をくぐると早速、大きな建物と庭が見えてくる。韓国の建物の特徴は門の正面に母屋が置かれ、母屋の脇には90度の角度で別棟が置かれることだ。つまり、門と母屋と左右の別棟で完全に庭を囲む形になっているのだ。
また、建物はどれも高床式となっている。これは韓国の建物の最大の特徴とも言えるオンドルが備わっているからだ。オンドルとは韓国伝統の暖房設備で、台所でおこした熱を建物の床下へ通すことで、部屋全体を温めるという仕組みになっている。原作にこんなくだりがある。
「わたしのうちの台所は、中庭から階段を三つ下がった場所にある。反対に茶の間は中庭から三段上がったところ(後略)」
つまり、この構造がオンドルだ。台所は床下に熱を通すため下がったところにあり、部屋は熱の通り道の上にあるため高い位置に作られている。物語はさらにこう続く。
「茶の間の低い位置に台所に通じる小窓がある。その窓を使えば、茶の間からでも台所の棚に手が届くって仕組みだ(後略)」
今回、実際の旧家を見学する際にどうしても確認したかったのが、この仕組みだった。洋風のリビングでも、和風の台所とも違う作り。主人公のひとり、幼い妹のスンヒィは大人だけの会話をこっそり聞くために食事の片付け物をするふりをして、この窓を使うのだ。儒教の教えの強い韓国では男だけの話に女性が参加することは許されない。けれど、好奇心の旺盛なスンヒィは大人たちの会話を聞くために様々な工夫をする。韓国の家族を表現する大事なシーンの一つである。
実際に建物の構造を見てみると確かに窓があるのだが続く部屋は、家族が食事をするには随分狭い。どうやらここはあまりにも身分の高い貴族の家のため、食事を準備する部屋が横にあり、実際は別の部屋で食事を取っていたようだ。更に、このぐらいの身分の家では、敷地内に男性の家と女性の家が完全に分かれて建っており、食事も別々であったらしい。物語の家族はアボジが小学校の教頭先生というところから中流階級であろうと予想している。それなら当然一緒に食事はしただろうと林さん。だんだんと作品のイメージがわいてきた。
まだまだ見る家が残っている。午前中のロスを補うように、急いで次の家へと向かうのだった。
第三回へつづく
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偶然空いてしまった時間を近くの大きな公園「オリニ大公園」で過ごす。紅葉が綺麗だ。
中央で背を向けているのは制作豊田。
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貴族の家の門。左右二間ずつあるのが下男部屋。
それにしても立派な門である。
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昔ながらの台所。土壁の上の高さが隣の間の床の高さである。
人の胸ぐらいの高さの差がある。
この高さの差でオンドルの仕組みを作り出している。
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